スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「愛について」

高い天井から吊り下げられたシャンデリアが、クリスタルガラスを通してまばゆい光をふりまいている。
あたりを漂うのは、歓談を妨げない程度に耳へ入ってくるクラッシックの旋律と、乳白色のクロスの上に並べられた、料理のわずかな匂いのみ。
分煙が完璧にゆきとどいているらしく、壁際で幾人かがその指にはさんでいる煙草の煙も、ここまでは届いてこない。
実に華やかで、豪勢なパーティー。
その主役は、彼だ。
無名の俳優から、希代のベストセラー作家へと華麗な転身を遂げた、あのひと。
その著作は、フィクションという風に世間では認知されている。
あんなにドラマティックな恋愛譚は、銀幕ででもない限り、きっと見ることはできない。普通はそう思う。
何より、あとがきにそう明記してあるし、「この作品は」で始まるお馴染みの注釈も入っている。それらをわざわざ疑うなんてことをするのは、よほど疑り深いか、あるいは天邪鬼な人だけだろう。
私は、そのどちらでもない。
けれど私は、確信していた。それが、嘘であるということを。

彼の周りから人垣が消えたのを見とめた私は、胸に手をあて、深呼吸をひとつしてから、静かに歩み寄っていく。
中肉中背。
髪は、短く切り揃えられている。
誠実さを形にしたかのような、姿勢のよいまっすぐな立ち姿。
その後ろから、心持ちボリュームを上げた声を投げかける。
「どうも。この度は、おめでとうございます」
振り返った彼は、声の主たる私を見とめると、人のよさそうな笑みを浮かべた。
それを見ただけで、体温が上がってしまったような気がする。
「やあ、これはどうも。ありがとうございます。
いやぁ、賞をいただいたって聞いても、実感なんてまるで湧かなかったんですがね。
パーティーを催していただいて、それがこんなに盛大だと、なんだかとんでもないことになっているんだなって、今更ですけど、実感しちゃいましたよ」
その言い様がおかしくて、私はつい吹き出してしまう。
「ふふっ。まるで、他人事みたいに仰るんですね」
「いやぁ、お恥ずかしながら。
自分は、こんな風に祝っていただけるような、大それた人間ではありませんからね」
後ろ頭に手をやりつつ、そう答えた彼の照れた顔は、私が初めて目にするものだった。

それから、当たりさわりのない世間話を少しして。
彼と握手をする。月並みな激励の言葉と共に。
でも、視線をわずかに外してしまった。彼は、おかしな風に思わなかっただろうか。
後ろ髪を引かれる思いでその場を後にし、私は壁際まで歩いていく。

右手を見つめる。ぬくもりが、わずかに残っているような気がして、それを逃すまいと、そっと握りしめた。
グラスを空にして、ふと振り返ってみると、彼が数人の記者らしき人たちに取り囲まれているのが見てとれた。
人のよさそうな笑顔をうかべて、時折身振りを交えながら、何かを説明しているように見える。
きっと、しばらくは開放してもらえないだろう。

宴もたけなわな会場を後にして、帰路につく。
風が冷たくて気持ちいい。
酔い覚ましがてらに歩いていくことにして、駅のほうを目指していく。しばらく行くと、本屋の看板が目に入った。
なんだか寄りたくなって、入り口をくぐると、すぐ目の前にベストセラーが並べ置かれた平台があった。
それを迂回して、著者の名前であいうえお順に並べられた、棚の本の背表紙を、ひとつひとつ流し見ていく。
ほどなくして、赤い背表紙が見つかった。
そっと指をかけて、かるく引いてみる。すると、力を入れすぎたのか、私の手元に飛び込んできた。
思わず両手で抱え込んでしまったその表紙を、じっと見つめる。そこにはただ一言、「愛について」と書かれていた。

生真面目な性格と仕事ぶりで、浮いた話はただのひとつもない。
そんな彼が書きつづった、誰もが涙せずにいられない、愛についての物語。
けれど私は、知っている。きっと、私だけが知っている。それが、「嘘ではない」ということを。



2008年10月29日
少し修正
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

こんにちは。ご訪問ありがとうございました~

「力を入れすぎたのか、私の手元に飛び込んできた。 」ってとこが微妙な心情あらわれててよかったです。

コミュの「断頭台に首を差し出した死刑囚の気分」共感します!

やや、こんにちは。こちらこそ、ありがとうございます。

物語など書いた経験など殆ど無いもので、ちゃんと書けているかどうかも自分ではよくわからず、そのようなモノを皆様に差し出す時の気分などは、まさに…というわけでした。やっぱり、緊張しますよね。
カテゴリー
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

ブログ内検索
最近の記事
リンク
おすすめ品

少女セクト 1
少女セクト 1
感想

少女セクト 2
少女セクト 2
感想

君が僕を
君が僕を
感想

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない
砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない
感想

劇場版 「空の境界」Blu-ray Disc BOX(通常版)
劇場版 「空の境界」Blu-ray Disc BOX(通常版)
感想

リトルバスターズ!エクスタシー 初回限定版
リトルバスターズ!エクスタシー 初回限定版
感想

円環少女
円環少女
感想

ALL YOU NEED IS KILL
ALL YOU NEED IS KILL
感想

RSSリンクの表示
ランキング

FC2Blog Ranking

人気ブログランキングへ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。